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福岡高等裁判所 昭和50年(ネ)586号 判決 1977年3月17日

主文

本訴につき原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

反訴につき本件控訴(当審で拡張した請求を含めて)を棄却する。

本訴についての訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とし、反訴についての控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「本訴について原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。反訴について原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一六八万円およびこれに対する昭和四〇年三月二二日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。(金員の請求は当審で請求拡張)訴訟費用は本訴、反訴につき第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴をいずれも棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は次のとおり附加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これをこゝに引用する。

一  控訴人の主張

1  原判決六枚目表五行目から六行目にかけて「なお本件物件の所有権は現在原告もしくは白石電気に帰属しているが」とあるのを「なお本件物件(テレビ拡大レンズ)の所有権が被控訴人もしくは株式会社白石電気商会(以下単に白石電気という)に帰属しているかどうか明らかでなく、ましてこれが被控訴人の所有であることを認めるのではないが、」と訂正する。

2  控訴人の反訴請求原因の訂正(当審における反訴請求の拡張)

原判決七枚目裏四行目から同末行までを次のとおり訂正する。

「3 しかしながら、本件物件は被控訴人および、白石電気の所有に属しないことが明白となつたので被控訴人に損害が発生するいわれはない。即ち控訴人は訴外中外商事株式会社(以下単に中外商事という)を相手に本件物件の引渡しを求める訴訟を福岡地方裁判所に提起(同庁昭和四〇年(ワ)第二四一号)したが、同裁判所は右物件が右中外商事の所有に属すると判断し、原判決は確定した。しかし被控訴人は右事件において控訴人の補助参加人であつたから、右判決の結果を当然甘受しなければならない。従つて控訴人が被控訴人に対し損害の保証として暫定的に交付していた金一六八万円は、控訴人において交付する理由のないものであることが明白となつたから、それは控訴人の損害において被控訴人が法律上の原因なくして不当に利得したものである。

4  よつて、控訴人は被控訴人に対して不当利得金一六八万円およびこれに対する被控訴人が悪意で受領した日である昭和四〇年三月二二日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

二  被控訴人の答弁

1  控訴人は原審において本件物件が被控訴人の所有であることを自白していたものである。

2  反訴請求原因3(請求の拡張)のうち控訴人が中外商事を相手に訴を提起し、その判決があつたこと、被控訴人が控訴人から金一六八万円の交付を受けたことは認めるが、その余は否認する。

三  証拠関係(省略)

理由

第一  本訴請求についての判断

一  被控訴人が電気器具の販売を営み、控訴人が運送業を営むこと、昭和四〇年三月一日被控訴人が控訴人に対し控訴人岡山支店に保管された本件物件(テレビ拡大レンズ、二八〇ケース、三三六〇個)を右岡山支店から福岡市所在の白石電気宛に運送することを委託した(以下本件運送契約という)ところ、控訴人が誤つて本件物件を同市所在の中外商事宛に配送し、右中外商事からその返還を受けることができないため、控訴人の本件運送契約上の債務が履行不能に帰したことは当事者間に争いがない。

二  ところで、運送人は運送契約の趣旨に従い、運送品を損傷なく引渡すべき義務を負うものであつて、運送品が滅失し、毀損した場合につき損害賠償義務を負うことは当然である。その場合、運送人は自己もしくは運送取扱人またはその使用人、その他運送のため使用した者が、運送品の受取、引渡、保管および運送に関し注意を怠らなかつたことを証明しなければ、運送品の滅失、毀損または延着につき損害賠償の責を免れることができない。(商法第五七七条)

しかるにその免責の点については控訴人において何ら主張立証はなく、同人が本件物件につき履行不能の責任を負うことは前記のとおりであるから同人は本件運送契約による損害賠償義務を負うものといわねばならない。

三  そこで、損害賠償額について判断する。

本来契約上の債務不履行による損害賠償の範囲に関する一般原則は民法第四一六条の定むるところであるが、運送契約に基づく運送人の債務不履行に関する責任については商法第五八〇条をもつて特別の規定を設け、運送品が全部滅失した場合はその運送品の引渡あるべかりし日における到達地の価格によりこれを賠償すべきことを規定している。

そこで、控訴人において本件物件を被控訴人の荷受人に引渡さず、中外商事に交付したため、被控訴人にとつて全部滅失の損害を受けたと同視しうべき本件の場合についてこれをみるに、成立に争いのない甲第二号証、乙第二、第三号証によれば、控訴人および被控訴人は本件物件についての損害について交渉し、被控訴人は損害として金九八〇万八、〇〇〇円を請求するに対し控訴人においては本件物件の所有者が被控訴人であるか中外商事であるか明白でないので直ちにこれを認容できないところから、その権利者および損害額が判決により確定されるまでの暫定的措置として、昭和四二年三月二二日被控訴人に対し本件物件の価格として同人が寄託申込書に記載した価格即ち単価金五〇〇円の三三六〇個分合計金一六八万円をその価格と認め、右金額を損害保証金として被控訴人に交付する旨の合意が成立し、同日控訴人は右金員を被控訴人に交付したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。(右金員の交付は当事者間に争いがない。)

そして、原審における被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)によれば、同人は本件物件を控訴人に寄託する際これを前記寄託申込書記載の金額に評価していたことが認められ、前記認定の諸事情を併せ考えると、本件物件は一個当り金五〇〇円とするのが相当であるから、本件物件(三三六〇個)の引渡あるべき日の価格は金一六八万円というべきである。

そうであれば控訴人は被控訴人に対し本件運送契約上の責任として本件物件の損害賠償として金一六八万円を支払うべき義務があるといわねばならない。

しかも、前記約定の趣旨並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人は本件物件の損害額が認定される限り、前記交付金を損害額に充当するものであることは明白であるから、被控訴人の主張する本件物件の損害は控訴人によつて弁済されたものというべきである。

もつとも、控訴人は本件物件の所有権は被控訴人に属せず中外商事に帰属することが明白となつたので被控訴人には本件物件についての損害賠償請求権がないと争うが、本件損害賠償請求権は本件運送契約により発生するものであつて、運送人たる控訴人の右契約の相手方は荷送人である被控訴人であるから、控訴人は被控訴人に対し本件運送契約の債務の本旨に従つた運送を履行すれば足りるものであつて、その運送品が荷送人の所有に属するか否かは、運送人にとつては無関係で、それは荷送人と所有者と称する者との間の内部関係として処理されるべき事柄であるから、控訴人としては本件物件の滅失による損害として被控訴人にその賠償をすれば足りるので、その点についての控訴人の右主張は採用の限りでない。

四  被控訴人は本件物件に対する損害賠償として右物件の転売による利益等をも特別事情による損害として請求するところ、これらは商法第五八一条によれば運送人たる控訴人に悪意または重過失があるときに限り許されるべきもので、弁論の全趣旨によれば被控訴人の前記請求は右主張を前提とすると解されないでもないが、控訴人において右の悪意または重過失があつたことを認めうるに足りる証拠もないので、被控訴人の前記損害賠償請求はいずれにしても理由がない。

第二  反訴請求についての判断

前叙説示のとおり控訴人が被控訴人に交付した金一六八万円は本件物件についての損害賠償として交付されたものであることが明らかであるから、これが不当利得としてその返還を求める控訴人の反訴請求は理由のないものといわねばならない。

第三  よつて本訴請求について原判決中、被控訴人の請求を認容した部分は失当であるからこれを取消し、被控訴人の右請求を棄却し、反訴についての原判決は相当であつて、控訴人の本件控訴(当審で拡張した請求を含む)は理由がないからこれを棄却することとし、本訴および反訴についての訴訟費用の負担については民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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